物語を作ることに対する自由研究。

物語を作る。
まぁ、大抵の人は、一度ぐらいはやってるんじゃないかと思う。
小説とか漫画とか形にしなくても、脳内想像ぐらいはね。

子供を見ているとよくわかる。
彼らは非常に想像力が豊かだ。
こちらがビックリするぐらい、自由闊達に発想をする。
大人がそれを、おかしいと否定してしまうと、見る間に萎縮してしまうのですが。

大きくなってからも物語を作ることが好きだったり、やめられなかったりすると、
それぞれのフィールドで発表したりするようになる。
世の中は、そんなプロアマ問わずの創造者で満ちあふれている。

昔、私の作る物語はダメだと言われたことがある。
それは非常に的を射ていたので、今でもはっきりと覚えてる。
そして、自覚がある。
私の作る物語は、色んな意味でダメなんだと。

物語には需要がある。
大衆の好む物語と、嗜好性の強い物語と。
私が作るのは、そのどちらでもないモノで。
・・・どちらかと言えば、嗜好性の方だけど。

何故ダメかと言うと。
まず、需要が少ない題材を好む。
とにかく、日常の些細なことを描く。
そこに、私の求めるテーマがあるからだ。
大きく盛り上がるものでもなければ、世界観が広いワケでもない。

更に。
微細な出来事を、ほわーんと描く。
それは、読んでいてもワクワクするものではないので、読み手は少ない。
起承結。
「転」が無い。
あっても、それとは気付かないほどの微々たるモノだ。
大きく盛り上げない。
意図的ではあるが、そんな需要はない。

盛り上がらず、スケールの小さな物語を好む人は、稀少だろうと思ってる。
しかし、それが描きたいのだから、仕方がない。

逆に考えれば。
プロになりたい人は、真逆をやればいいのだとわかる。
「人を惹き付ける物語」
それこそが、一番大切なポイント。

人を惹き付けるのは、文体や絵柄などもそうだけど、
多くの場合は、物語そのもの。
人は、自分好みの物語を、知らず知らずに、或いは意図的に選ぶ。
多数派であれば、それは商業ベースに適うから。

想像力や文才、画才と、必要なスキルもあるけれど。
もっと根本的なところでの想像力や感受性の問題が、存在する。
全てを持ち合わせなくて、非常に残念だけど、それはそれ。
アマチュアの強みで、好きなことを好きなように表現していく。

かくして。
誰も来ないサイトで、誰も読まないような物語を、
つらつらと綴っていたりするのです。
あわよくば。
白馬の王子様宜しく、
そんなモノでも好んでくれる「誰か」に巡り会えることを願って。

ダークなモノも好きで書くけど。
やっぱ、物語はほんわかと幸せな方がいい。
そんなことを思う今日この頃なのです。









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本田 透


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